濡れ紙を紙床から剥がし、熱した大きな鉄板に貼り付けていく。ブラッシングをして和紙の埃と皺を伸ばし、紙が熱を帯びて乾くと、一枚一枚きれいに机に並べ重ねていく。
少しの迷いもなく、一定のリズムを刻みながら作業をこなすハタノさんの姿は、
思わず手もとをじっと見つめてしまうほど心地が良い。
「頭で考えないで身体で考えようと思って、そしたら黒谷に行き着いた」
鉄板の周りを忙しく動きながら、和紙漉人になったきっかけを語るハタノさんの指先はどれも染料が染み込み、青く青く染まっていた。気どりのない素朴な指だった。
四方を山で囲まれた黒谷の小さな集落は、時間がひとところに留まったように静かで、全てが音も立てずにゆっくりと過ぎていく。作業場の戸口から見える木々は赤や黄色に色付き、冬の匂いを含んだ冷たい風が、低くたれ込めた雲を押しながしていく。
あと少しすれば、ハタノさんにとって八度目の黒谷の冬がやってくる。
「満員電車がねえ、とにかく嫌で…気持ち悪くて。給料もらって仕事する(=サラリー)って意味も全然理解できへんかったし」
東京の美大に通うために故郷の淡路島を離れてした上京したものの、そこで過ごす自分にリアリティが持てなかった。地に足がついてない状態というのだろうか。
周りを否定する毎日、そしてそうしないとやっていけない自分、一ヶ月が終わればいつの間にか自動的に支給されている固定金額の給料、全てがまるで空ろで浮遊したものに思えた。
そんなある日、ふと突然ひらめきのように思ったのだという。自分は何だってできるんだ。やろうと思えば何だってできるんだ、と。涙が止まらなかった。
「あの時はなんか、ちょっとどうかしとったんかなあ。どっかキレとった。自分でもおかしいと思ったもん」
会社を辞め、住居を引き払い、必要最低限のものだけ残して後は全て友達に売った。
残ったのはリュックサック一個分の荷物と自分だけだった。どれだけいらないものを自分が持っていたか、その時になって気付いてびっくりしたのだという。
北海道へ渡り、一年半いろんなところを転々とし、絵を描きながら働いた。そこでの仕事は楽しかった。その旅中で出会ったにんじん畑の農場主さんに、働くとはどういうことなのか教えてもらった。
「その人の働く姿を見とったらすごい気持ち良かったんよ。スピード感とリズム感があって。北海道の大規模農業は博打みたいなもんで、確実に勝っていくために、いいものを作っていく。無駄を無くしていく。資本的で生産的っていうか。それに日当が決っていて、一日働けばいくらもらえるということ、広いところは気持ちいい、それが明解で分かりやすかった。そういうことが自分にとって、すごいリアリティがあった」
自分にとってリアリティのある仕事、それは始めから終わりまで目に見えやすい仕事だ。
そこでふと思い浮かんだのが和紙づくりだった。
もともと絵を描いていたこと、旅中絵を描くために持ち歩いていたこともあって、和紙は身近な存在だった。北海道の旅を終えたハタノさんはごく自然に和紙の産地である黒谷を訪れた。
濡れ紙から立ちのぼる蒸気が、古びた作業場を包み込む。染料の匂いと和紙の匂いだろうか?それは黒谷に到着した私を出迎えに来てくれた際に、ハタノさんの背中からほんのりと漂っていた匂いだった。
毎日その匂いに包まれながら、この小さな集落で黙々と作業をしているのだと思うと、その匂いが何だかハタノさんそのものを語る言葉なき声に思えた。
机に乾燥した紙を広げ、ニヤニヤと笑いながらハタノさんは手招きする。
「ここに線が入っとるん分かる?」
指をさしてここだと指し示してくれるが、どこからどう見て線が入っているようには見えない。
「この線をどうやって無くすか、その技術を磨くのに今は夢中。毎日の繰り返しでも、次々とこだわりが生まれてくるんや」
美意識的なこだわりなのかと耳を傾けるが、聞いているとそうではない。
「あと他にこだわっとるんは、短い時間と限られた材料でどれだけ多く和紙が作れるかとか。どれだけスピーディーに作業をこなせるかとか。そんなん考えだしたら、ずっと考えてしまう。別にどうでもええこだわりっていうたら、そうなんやろけど。でもそんなこといちいち考えながらするのが、今は面白い。リズムにのって仕事をしている自分を感じられるのが楽しい。それが作業の中での自分なりの表現やと思うし。ひとつの技術やと思うし」
浮き浮きとした表情でハタノさんは語った。伝統工芸品の職人というなんだか気難しいような響きのイメージのまま、ハタノさんを見ていた私は、その言葉の意外性に驚いた。
ハタノさんの仕事に対する姿勢はなんてシンプルなのだろう。複雑な今の世の中に、こんなにもシンプルなものがあったことを、嬉しく思った。
それは忘れている何かを見つけたような嬉しさだった。
「とりあえず頑張って和紙をつくる。少しでも多く和紙をつくる。なぜってそれが今の自分にとってのリアリティだから。今の家庭が自分にとってのリアリティやし、この場所が自分にとってのリアリティやから」
最後にハタノさんは自分の言葉にうなずきならがつぶやいた
「どんな世界に住んでいる人でもそれは一緒。自分のポジション(カルマ)を見つけている人は、吐き出す言葉がリアルで、透明感に溢れてる」
確かにそうかもしれない。ハタノさんのその言葉は、私の心に透明に響いた。
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